法事の際に「お斎(おとき)」をいただきますが、なぜでしょうか。

お斎とは、仏事の際にいただく食事のことです。お忙しい折での法要や、簡素化したいという思いの中で「省略をできますか」というご質問をいただきます。もちろん、法要を行われるご家庭の事情を優先していただければよいと存じます。ただ、蓮如上人はお斎について、「合掌して、如来・親鸞聖人の御用(おはたらき)としていただく」とおっしゃっています。「お斎」は、食べ物や飲み物を通していのちをいただき、そのいのちによって生かされていることを確認する大切な場であると浄土真宗では考えておりますので、法事(亡くなられた方のご縁)を通じて久しぶりに親戚や親しい仲間が集まって、阿弥陀仏、釈尊、親鸞聖人のはたらきの中に生かされていることを確認し、信心を確かめる大切な仏事であるとご理解いただければと存じます。

従って、浄土真宗では、食事の最初に「献杯」はいたしません。「献杯」とは、亡くなった方へ敬意を表して盃を傾けることです。しかし先ほども述べました通り、お斎は「いのちによって生かされていることを確認し、信心を確かめる場」でありますから、自分に向っての問いかけとなる必要があります。そこで、浄土真宗では食事の始まりと終わりに、以下の言葉を合掌して唱和いたします。

(食前のことば)「み光のもと われ今さいわいに この浄き食をうく いただきます」

(食後のことば)「われ今 この浄き食を終わりて 心ゆたかに力身にみつ ごちそうさま」

もちろん、亡くなられた方がご縁で集まることも多いですので、亡くなられた方に敬意を払うことは当然ですが、亡くなられた方につくっていただいたご縁によって生命をいただいたもの達が、これからどのように生きていくかをお互いに交流をすることが、お斎の席の大切な仏事であると思料いたします。先日もご門徒様の四十九日の法要ののちのお斎の席に呼ばれ、お食事をいただいてまいりました。遠方よりお越しいただいたお子様方、お孫さん方が集まられ、心豊かに会話が弾みました。亡くなられた方の生前のご様子と、そこに皆さんがどのように関わられてきたか、お住まいの地域の食べ物と松本の食べ物の比較、松本が最近どのように変わってきたか、これからの社会に願うことなど、話は尽きません。その中には様々な方への感謝の言葉や気持ちもこめられていました。この様子を拝見すると、やはりお斎の席の重要性をあらためて感じるところでありました。

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